日本行帰国便停止について思うこと

今の自分は自国外に住んでいる、いわゆる「在外邦人」という立場なのですが、ちょうど一昨日から昨日にかけて在外邦人としては看過できない事案が発生したので、書いていきたいと思います。

時系列順の経緯ですが、1日、世界で広がりを見せる新型コロナウイルスオミクロン株への予防的緊急措置として、国土交通省が29日付で「日本到着の国際線の新規予約停止を12月末まで航空会社に要請した」という報道がされました。

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これに対し、翌2日に官邸でのぶら下がり会見で、岸田首相が自分の指示で要請を撤回することを表明。当初の報道からわずか半日後に要請は撤回されました。

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また、本件は追従報道によって、「国土交通省が独断」で要請したもので、「国交相への報告は1日夕の事後」であったことも明らかになっています。

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本騒動、単なる朝令暮改や政府内の連携不足だけでは済まない問題があると思います。

まず、人間の最後のよりどころはその人が国籍を有する国でなければなりません。国家とその政府による国民の安全・人権の保障は最優先すべき役割であり、これは自国領土内に住んでいるかどうかで区別されるものではありません。在外の自国民保護、というと紛争等の有事に自衛隊が駆けつけて保護する、というイメージが強いかもしれませんが、制度も風習も言語も違い、現地での身分も不安定になりがちな外国在住者のために、いつでも帰れる国・帰れる家を維持することも同様に自国民保護と言えます。

にもかかわらず、今回の措置では、島国であり航空機がほぼ実質的入国手段である日本において、その手段を停止する要請を航空会社に行っており、これは在外邦人が「安心して戻れる場所」を失わせることになります。国家の国民に対する保護義務を放棄してると取られても致し方ありません。

現に入国管理法でも、「日本人の帰国」という条文により、日本人の帰国については外国人と区別されており、自国籍保有者の帰国は手厚く保護されております。

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今、この時期に海外に住んでいる人というのは様々です。留学生もいます。両性の合意により異なる国籍の人と結婚した、またはその両親のもとに生まれたため日本との2拠点で生活する人もいます。海外での人的貢献のためにボランティアに勤しむ人もいます。島国であり資源が乏しい日本のために、現地で働き日本を豊かにしてくれるビジネスマンもいます。でも、この人たちにも日本には帰りたい家、会いたい人、得たい安心感があります。身内の急な不幸があったら帰らざるを得ませんし、途上国で医療や薬が乏しいために、定期的に帰国する人もいます。今回の要請について、国土交通省は「時限的な緊急的予防措置」であると言っていましたが、緊急である以前に政府が国民の保護義務を放棄する政策を取っているという認識が欠落していた、という事実に対して残念に感じます。

ただ、もし私が日本にしか住んだことがない(海外在住経験がない)多数派のままだとしたら、今回の国交省の政策も「予防的措置ならばやむを得ないだろう」という意見を持ったと思います。海外在住を始めて8か月ほどたち、ようやく在外邦人が置かれる立場へ理解が深まってきたおかげで、当初報道の時点で「これはおかしいだろう」と気づくことができました。今回の政策について、インターネット上でも「年末年始に県境を越えて帰省しないものの延長」という感覚の人も見かけましたが、この感覚の人を非難はしません。自分も当事者になって、初めて「帰れる国がある安心感」「帰らざるを得ない事情」というものを知覚できたからであり、当事者でない頃は「やむを得ない」側の感覚を持ったと想像できるからです。

私は元々年末年始の帰国の予定はなかったですし、周りでも帰国後の隔離もあってかそもそも帰国しないという人間の方も少なからずみられ、さらに即撤回されたことからも実害を被ったケースはほぼ見受けられませんでした。

しかし、今回の騒動については実害があったかどうかではなく、もっと深刻な、多数派の利益のために少数派の基本的人権までも犠牲にしていいのかという根源的な問題に尽きるのではないでしょうか。今の自分はたまたま在外邦人という少数派であったために、報道の時点ですぐに問題に気づくことができました。しかし、多数派だったらすぐに気づくことはできなかったでしょう。

今回、報道によれば一部署による独断であったようですが、すぐ撤回という判断に至れるバランス感覚を持った政府の判断は正しいと思います。もしこれが撤回されないとしたら、次に被害にあうのは別の社会的弱者となりかねないからです。